Susan Sontag『ON PHOTOGRAPHY(写真論)』

10/05/08 | カテゴリー:蔵書紹介 | | No コメント

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ニューヨーク在住の知り合い、是枝理華さんから郵便が届いた。

封を開けると、スーザン・ソンタグ『写真論』の原書。

僕が会社員生活を終えた節目のお祝いに送ってくれた。

僕も大学などで授業の終わりに学生たちに送るのは、あの言葉である。

そのことは何度かブログに書いた。

「動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。

けっして旅することをやめないこと。(以下略)というフレーズ。

自分の新生活にあらためて、思い出した。

この本に書いてあるわけではないが、スーザン・ソンタグの言葉である。

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オリジナルは1977年。これはANCHOR BOOKSエディションで1990年の版


僕にとって、写真は趣味であり、仕事。

日本語では読んだ。晶文社刊。

余談だが、先日、森村泰昌さんの本棚では2冊見つけた。

線を引いて読む用と線を引かない用になっていた。


さて、中を開けてみて、「おっ」と思った。サイン本だったのである。

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『写真論』も重要だし「動き回ってください。旅をすること。」(『良心の領界』所収)の

言葉も重要だ。ちょっとやられたと思ったよ。

しかもこの封筒に入ってきた。現代美術シリーズの切手で埋め尽くされている。

僕のブルータス編集部での新しい肩書きEditorial Coordinatorのタイトル付きで。

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是枝さん、ありがとう。


本棚から『写真論』を取り出して、ひもといてみる。

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写真を撮るということは、写真に撮られるものを自分のものにするということである。

それは知識と思えるがゆえに力とも思える、世界との一定の関係に自分を置くことを

意味する。(中略)撮影した映像は世界についての言説というよりも世界の断片であり、

だれにでも作れるし、手にも入る現実の小型模型といったものである。

「プラトンの洞窟で」の章より


カメラは既存の現実を暴くだけだが、写真はそれを描く。また写真はカメラが切り取る

現実を通して個人の気質を発見しながら、それを描く。

「写真の四福音書」の章より

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