絵と我々はそれぞれ旅をする者同士である。

18/04/23 | カテゴリー:日記的 | | No コメント

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「あー、やっぱりウィーンに行くしかない」。

 

実は去年から今年にかけて自分としては最も注目する時代、
地域の展覧会が続々と日本にやってきていて、それらを見て満足するのではなく、
そんなことを思ってしまった(旅心が湧いてしまった)のだ。展覧会というのは、

「ボイマンス美術館所蔵ブリューゲル『バベルの塔』展」(東京都美術館、国立国際美術館)
「アルチンボルド展」(国立西洋美術館)
「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」(福岡市博物館、佐川美術館)
「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」(東京都美術館、Bunkamura ザ・ミュージアム、
豊田市美術館)
「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」(国立西洋美術館、兵庫県立美術館)


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「ボイマンス美術館所蔵ブリューゲル『バベルの塔』展」(東京都美術館、
大阪国立国際美術館/2017年)のため、ブリューゲル《バベルの塔》を設置しているところ。




ロッテルダムにあるピーテル・ブリューゲル1世の《バベルの塔》を
東京で見ることができるなんて。アルチンボルドの絵をこれだけの数、
しかもヴァリエーションを揃えて見られるなんて。
ルドルフ2世周辺の画家たちが一通り集められるなんて。
さらに何度か通ったプラド美術館のベラスケスの絵に東京で再会できるなんて。

ヨーロッパからこんなに遠くにありながら、日本の展覧会事情は
なんて素晴らしいのだろう。観客の関心の高さ、美術館学芸員の優秀さと努力、
主催する新聞社、テレビ局が長年築き上げたネットワーク。
近年の法整備(補償制度の充実)も功を奏している。
それぞれの努力が実を結んだ結果である。


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ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》1635年頃
マドリード、プラド美術館蔵
5月27日(日)まで国立西洋美術館(東京・上野公園)で開催の
「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」に出品、
6月13日(水)~10月14日(日)に兵庫県立美術館(神戸市)に巡回。



なので、至福の1年であった。ではあるが、欲望が叶うと満足もしつつ、
もっともっととなるのもしかたない。「プラド美術館展」でベラスケスを見れば、
《ラス・メニーナス》が見たくなるし(これは無理なのは仕方がない。
ロンドンのナショナルギャラリーで見た「ベラスケス展」にも、
パリのグランパレで見た「ベラスケス展」にも来ていなかったし)、
「ブリューゲル展」と謳っていても、ピーテル・ブリューゲル1世の作品は
下絵や版画、工房作だけだ。彼の作品は教科書やカレンダー、画集あるいは
映画の中に引用されたりするのに、なかなか実物を見る機会がない。
これはブリューゲル行脚をしなければならないか。


去年の10月末、取材でニューヨークに行った。それは現代美術家の杉本博司さんが
天正の少年遣欧使節の旅を自身の作品と古美術でなぞるという興味深い展覧会が
ジャパンソサエティで始まり、その取材だったのだが、その出張を決めた直後に、
チェコ政府観光局から、ニューヨークから帰国せずにその足でプラハに来ないかとの
誘いを受け、スケジュール的に可能だったので喜んで参加した。


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 ピーテル・ブリューゲル1世《干し草の収穫》 ロブコヴィッツ宮殿美術館(プラハ)にて


日本からの出発でなかったこともあり、観光局が立てたプレスツアーの開始まで
少し余裕ができてしまい、しばしの一人旅状態になった。
プラハ城聖ヴィート大聖堂でアルフォンス・ミュシャのステンドグラスを見て、
街に戻ろうと坂を下った途中にロブコヴィツ宮殿があり、
そこでピーテル・ブリューゲル1世《干し草の収穫》に遭遇した。
あれ? ここに? というのもこの絵はしばらくプラハ国立美術館にあり、
その後、返還されていたのだ。


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左●《牛群の帰り》 右●《雪中の狩人》 ウィーン美術史美術館


ブリューゲルの描いた月暦画は6点あったといわれる。
1点は所在不明だが現存するのは5点で、《干し草の収穫》はその一つ。
メトロポリタン美術館にある《穀物の収穫》、そしてあとの3点は
ウィーン美術史美術館にある。《雪中の狩人》《暗い日》《牛群の帰り》。
特に《雪中の狩人》はアッバス・キアロスタミ監督作品『24フレーム』の冒頭に出てきたし、
アンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』の宇宙ステーションの中でも
いちばん目立っていたのがこの絵だ。


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中央●ピーテル・ブリューゲル1世《バベルの塔》 ウィーン美術史美術館


ブリューゲルについては土方定三さん、森洋子さんらが著した書籍があり何冊か持っている。
また、ドイツ文学者、中野孝次さんの『ブリューゲルへの旅』も楽しく読んだ。
この画家のファンも多いとは思うが日本で見る機会は本当に少ないのだ。
ならば、いざウィーンに行って、ブリューゲルの月暦画の残りや日本に来た方ではない
《バベルの塔》も見ようと思った。
ちなみにバベルの塔も3点あったと言われていて、1点が消失している。


3月の末にパリに建築関連の展覧会取材で出張し、そのあとウィーンに行った。
途中で同じくオーストリアの都市ブレゲンツでサイモン・フジワラの意欲作を見た。
ウィーンには3日間の滞在ではあったが美術史美術館には2回行った。
ルーヴルやメトロポリタンのように大きな美術館ではないが、見たい絵があまりに多く、
繰り返し見たい絵がたくさんあったからだ。
しかも、それほど混み合っておらず、各部屋にはソファも置かれ、
ソファから眺めたり、休憩したり。そして、もう一度、絵に向かい合ったりする。


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カラヴァッジョの作品。左から《ロザリオの聖母》《荊冠のキリスト》
《ゴリアテの首を持つダビデ》 ウィーン美術史美術館



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ベラスケスの作品。左から《バラ色の服の王女マルガリータ=テレサ》
《白い服の王女マルガリータ=テレサ》《青い服の王女マルガリータ=テレサ》
ウィーン美術史美術館



カラヴァッジオの大作の前で時間を過ごす。ベラスケスのマルガリータ王女は
3歳、5歳、8歳が色の違うドレスをまとって、ずらりと並ぶ。
アルチンボルドは隅の方の部屋に揃えて展示されている。
フェルメール《絵画芸術》も隅っこの方の部屋でしかも複数の絵に混じって、
まん中という感じでなく掛けられている。ときどき足を止めて見る人がいる程度だ。
しみじみ、来てよかったと思えた。


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アルチンボルドの作品。連作《四大元素》 ウィーン美術史美術館




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フェルメール《絵画芸術》 ウィーン美術史美術館


今年2018年はグスタフ・クリムト、エゴン・シーレの没後100年にあたるので
いくつもの展覧会、イベントが用意されている。
美術史美術館にはクリムトの壁画があるがそれが間近で見られるように仮説の橋が掛けられている。
絵がとてもよく見える。この仕掛け、配慮に感謝するばかりだ。



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ウィーン美術史美術館のクリムトの壁画を見やすくするため、仮設の橋がかかっている。
クリムトの没後100年スペシャル。9月2日まで。



絵ははるばる旅をして、日本にやってきて、我々はそれを迎える。
来てくれた絵に再開するためにこちらも出かけて行きたくなる。
そこで新たな出会いも生まれる。
絵と我々の関係は、それぞれ旅をする者同士、仲間のようなものである。

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